夕焼け空を見上げると、思い出す事がある。それは、幸せで、同じくらい悲しい記憶だ。

共に生きると誓った小指、その約束はもう、果たされる事はない。

私が裏切った彼は、今頃一人、暗い闇の中で膝を抱え、怯えているのかもしれない。

後悔はしていない、それでも・・・罪悪感が消える事はない。

今日もまた夕焼け空を見上げながら一人、彼の事を想い馳せるのだろう。







P i n k y




何の前触れもなく告げられた言葉に、私は手に持っていたカップを思わず落としそうになった。夕焼け空の下、自身が暮らしている孤児院から少し離れた丘の上での密会。密会と言っても、別段、誰かに見つかったとしても咎められる事はないのだが。では何故、内緒で会っているのかと言うと、密会相手が思わず笑ってしまうくらいにびびりだからだ。死神八部衆と言う肩書きを背負った、猜疑心の塊のような密会相手の名を阿修羅と言う。普段は厚着で顔も何十に巻かれた布で隠しているのだが、今日は珍しく顔を見せていた。とても整った綺麗な素顔。その口から紡がれた言葉に私は心底驚く。


「今、なんて言った?」


此方を無表情で見つめてくる相手へと、そう問い返すのだが。別に聞こえなかった訳じゃない。聞こえなかった訳じゃないが、思わず問い返してしまうくらいの言葉だったのだ。あまりにも何の前触れもなかったから。それとも、自身で気が付かぬ内にフラグが立っていたとでも言うのか。それかやはり空耳かもしれない。と、考え始めた脳内会議は再び彼の口から紡がれた言葉により、強制終了される。


「俺は、が好き、かもしれない、と言った」

「・・・好きの意味、解ってんの?」

「傍に居たい、傍に居て欲しいと想う事」

「あながち間違ってはいないけど・・・」


ただ、それだけでは判別がつかない。彼の言う好きと言うのが、恋慕の情なのか、それとも親愛の情なのか。そして、私はどちらであって欲しいと望んでいるんだろう。大体、かもしれない、というのも曖昧すぎる。どっちだよ!と突っ込んでやりたかったが、阿修羅君はと言うと、じっと此方を見て返答を待っている。お陰で下手に返答を返せなくなった。彼の性格は流石に理解している、からこそ、拒絶したらとんでもない事になりそうで。否、拒絶するつもりはないけれど・・・と、考えている時点で答えは出ているのだが。受け入れていいのかと、頭の何処かで誰かが警告を発するのだ。解っている、阿修羅君が私に向けるものが恋慕の情でも親愛の情でも。どちらにしろ、そう長続きはしないと言う事を・・・。彼は全てに怯えているのだから。自分自身の命の危険性すら出てくる。でも    





そんな終わりも、いいかもしれない。どうせ、私に彼を拒絶すると言う選択肢など、最初からないのだから。阿修羅君が私に向けるものが恋慕でも親愛でもどちらでも構わない。私はただ、それを受け入れるだけだ。そっと、怯えさせないように伸ばした手。それでも彼はびくりと肩を震わせたけれど、拒絶すると言う行為はしなかった。お陰で伸ばした手は、彼の細い色白の頬に触れる。思えば、私が彼に抱く感情も、どちらなのだろう。傍に居てあげたいと想う。支えてあげたいと想う。けれどそれは孤児院の子供達に向ける親愛の情にも似て。触れた頬から掌を伝い、感じる相手の鼓動に胸が高鳴るのは、恋慕の情にも似て。・・・この先、彼と共にいれば解るのだろうか。


「私も、阿修羅君の事、好きだよ」

「・・・・・なら、ずっと俺の傍に居てくれるのか」

「もちろん、なんだったら、ゆびきりでもする?」


そういって、彼の頬に触れていた手を離し、代わりの様に小指を立てて阿修羅君の目の前に差し出した。彼はそれをいぶかしむ様に見ていたが、ゆびきりと言う物がなんなのかは知っているらしく。若干ためらいつつも、自らの小指を私の小指と繋いだ。それを合図に紡がれる歌。誓うのは、この先ずっと共に居ると言う約束。共に居る事で、いずれ訪れるかもしれない、自身の死すらも受け入れて・・・。それくらいには、阿修羅君の事を好きなのだと、知った。


「私は、ずっと此処にいるから、阿修羅君が会いたい時にいつでもおいで」

「いつでも・・・・・毎日でも?」

「うん、別に毎日でも構わないよ、会いたい時に、来たい時に来ればいい」


今思えば、笑顔で残酷な言葉を紡いだものだ。その時の私は、確かに嘘偽りなんて言っていなかった。最後まで、それこそ自らの命が尽きるまで。彼と交わしたゆびきりの誓いを守るつもりでいた。ならば何処で歯車が狂ったのだろう。彼が善人の魂まで食らいはじめた時?疑念と恐怖が膨れ上がって、パートナーですら食らってしまった時?それでも、彼はまだ正気な気がした。私の前では、極力、正気でいようとしてくれていた。その時点で、既に阿修羅君の心の中は狂気で埋め尽くされていたのだろうけれど。あぁ、ならばきっと、私がその事に気づいてしまった時だ。同時に、私なしでは孤児院の子供達が生きてはいけなくなってしまった事が決定打だった。


「阿修羅君」


死んでも良いと思っていた。彼に殺されるのならば、それも本望だと。でも、自らの死が招くであろう子供達の死が、私を此処に引き止めた。死ぬ訳にはいかなくなった。死ぬしれない可能性を、摘み取らなければならなくなった。そして私は、阿修羅君の前から姿を消したのだ。・・・風の噂で、鬼神となった彼は死神様の手により、封印されたと聞く。彼は今頃、暗い闇の中に一人でいるのだろう。後悔はしていない、それでも、罪悪感がこの胸から消える事もない。あの時と同じような夕焼け空の下、私は彼が残した言葉を思い出す。会いたい時に、来たい時に来ればいいと、告げた時。阿修羅君は不器用な笑顔を作って      








ゆびきりにう未来
(好きだと、居なくなるなと、そう言ったを裏切ったのは






[author: 桜斐海響]