バイクの鍵をぐるりと回して、騒がしいエンジン音がまだ明けたばかりの透き通った空気に響く。




今日は死武専自体はなんたらかんたらの記念日のために休みだが、特別補習だかなんだかがあって学校が開放されている。補習だからといって成績低迷気味なやつらだけの特訓授業などではなくて、成績上位者からゲビまで全生徒対象のものらしい。しかも、前にブラック☆スター達と受けたような実践的なものではなく、今回はみっちり6時間も机と睨めっこ。ちなみに受けるか否かは希望性らしく、「受けようかな・・・」と昨日俺がぽつりと言ったら、みんなに頭でも打ったのかと本気で心配されてちょっと凹んだ。どんな風に見られてんだよ、俺。

まあ本音は別に補習を受けたいわけじゃない。どちらかというと面倒臭いしやってられない。勉強そんなに好きじゃねえし。それでも行きたいと思えるのは、少しでもあいつを見ていたいから、なんて、そんな下心満載でもそれが幸せならばそれでいいと勝手に自己完結させた。



「よし、いい調子だ」

すっかり温まったバイクをかっ飛ばして、いつもは背中にあるマカの体温を感じないままに学校を目指して勢いよく家を出た。真っ青な空が綺麗で、握るハンドルには自然と力が入っていた。今日はいい日になるだろうか、いやなるはずだと頭で思い描きながら。

























「よっ、と・・・・・・あー、ちょっと早く着きすぎたな」


補習開始時刻よりも大分早めに着いた教室には、すでに何人かちらほらと人がいた。けれど全体としても今日の補修参加者は少ないようで、俺の知り合いはほぼ全滅だ。きょろきょろと不審者よろしく目を凝らしてある一人の人物を探す。・・・あ、いた。前から二列目の一番の左端に座っている生徒。その丸まった後ろ姿を見た途端に心が踊るような気分になって、スキップをし出しそうなくらいに上がるテンション。(それを気付かれないようにと隠そうとする理性)にやにやし出して緩みが止まらない表情を軽く叩いてなんとか引き締め、ふと彼女の驚いた顔を見ようかと咄嗟に企む。にやりと口元に笑みを浮かべながら、そろりと背後に回って耳元ぎりぎりに近付きそっと声をかける。



、何してんだ?」
「うひゃああ!!なっ、なんだソウルか・・・お、驚かさないでよ!」
「ははっ、悪い悪い」


真っ赤になって怒り出したに思わず笑顔になってしまう俺。そんな俺の反応を見て、またのお怒りに拍車をかけてしまうことになるのだが、怒っている姿を見られることさえも心は嬉しいと感じてしまう。(ああ、俺、相当重症だ・・・)



「あれ、今日は一人なの?」
「マカも他のやつらもめんどくせーって。ここ、いいか?」
「どーぞどーぞ」


はにこりと可愛らしく笑ってから、椅子の上に置いてあった自分の鞄を机の下に退かして、俺のスペースをつくって手で座るように促してくれた。こんななんてことない女らしい仕草なんかもすごく魅力的だと思う。








「へー、ソウルが自分から補習に出るなんてねぇ・・・」
「・・・んだよ、来ちゃわりーのかよ?」
「まさか!知ってる人あんまりいなくて心細かったから、ソウルが来てくれて嬉しい」


頬をちょっとだけ朱色に染めて笑う。思わず堪らない感情が込み上げてきそうになって、隠すように慌ただしく鞄を肩から降ろしての隣に幾分乱暴気味に座った。(うわあもうこいつかわいい抱きしめてえ・・・)



「っ、で?さっきからなに書いてんだ?」


ひょい、との手元を覗き込むように身を乗り出しながら、先程から気になっていたことを尋ねる。もちろん赤くなりそうな顔を見られないようにと単純な話題転換を図っただけだが。改めて見てみると、の机の上には何かの用紙と黒いシャープペンシル。なにかと真面目なやつだから、たぶん今日の補習用に昨日配られた課題かなにかだろうな。俺はやってないけど。なんて軽く考えて、昨日の夕飯なんだった?なんて、そんなたわいのない会話の感覚で聞いただけだった。それなのに。

次の瞬間、の紡ぎ出した言葉に、俺は耳を硬く手で塞ぎたくなった。(幻聴であったらいいのに、と願うことしかできないほどに強く)









「・・・・・・・・・ラブレター、って言ったら引く?」
「っ、は・・・・・・?」


一気に地獄にたたき落とされた気分がした。
目の前のは先程とはまた違う意味で顔を赤らめて、手紙を手で覆って隠しながら俺から目線を反らしている。俺が何も言えないで顔を凝視したまま停止していると、ますます赤みが指すの頬。・・・え、なんだこれ。達の悪い夢かなにかか?そんな現実逃避をしても状況は全く動かない。誰がお前をそんな顔にさせるんだとか、なんでそんなことを俺に言うんだとか、俺はお前のこと、・・・・・・俺の気持ちなんて、お前は考えたことなんかないんだろ?とか、言いたいことは山積みになるくせに、伝える唇が重くて開いてくれない。ただ呆然として、の赤い横顔をじっと見ることしかできなくて、目の前の現実を受け入れられない。認めるくらいならいっそ、ぐちゃぐちゃに泣き叫びたくなった。



「だから、ラブレター書いてるんだってば」


目線は紙に向けられたまま、また赤くなる頬。(ああこれは現実か、)今までに一度も見たことのないようなの表情に、ぎりぎりと胸が苦しくなった。重たい口を無理に開いて言葉を発しようとしたら、情けないほどに唇が震えてしまって上手く言葉が出ない。やっとのことで口をついて出た言葉は、本心では思ってもいないくだらないことで、言ってる俺自身が本当にくだらないと呆れるほどの台詞に幻滅した。



「・・・・・・・・・っ・・・、今時、ラブレターかよ」


自分の絞り出した声に泣きそうになった。逃げたい。今すぐにの手からこの一枚の紙っきれを奪ってびりびりに破いたら、どんなに俺は救われるだろうか。(そんなことをしたって無駄だというのに。寧ろ更に状況は悪化する一方)は俺の様子には気付いていないようで、手にしたシャープペンシルをくるくると指で器用に回しながら紙に何かを書き込み、嬉々として無邪気な声で返してきた。(それがまた、俺を苦しませるというのに)



「流行に流されるのは嫌なのー。それに手紙の方が想いを伝えやすいしさ・・・・・・っと、できたー!」


(今すぐに気を失えたらどんなにいいか、)重力が増したように体が重くなって、気持ちまでも悪くなってきた。吐きそうだ。じとり。は嬉しそうに出来上がった手紙を握りしめていて、・・・そんな姿を見てしまってはもうどうしようもなかった。所詮俺はのトモダチ枠の一人でしかなくて、ボーダーラインはいつまで経ってもきっと越えられないということを思い知らされただけ。やる瀬ない気持ちと、抑え切れなくなりそうな感情がぐるぐると渦を巻いて、理性が飲み込まれそうになるのを必死で留めることしかできない。くそ・・・畜生、なんでだよ。











「ソウル、じゃあ、あたしちょっと行ってくるね」


どすん。頭に大きな岩が崩れ落ちてきたように、脳みそがぐらぐらする。なにもかも考えられなくなって目の前は朧げになっているのに、の嬉しそうな顔だけはやけにはっきりと映るから泣きたくなった。今にも抑え切れなくなりそうなものが、雪崩のように溢れ出して、壊れそうだ。ふわりと離れていく温かい体温と匂いに理性はなし崩しになっていって、気がついたら無意識の内にを引き留めてしまっていた。



「っ、・・・」


思わず掴んでしまったの細い腕。(今更どうしようもないというのに。そればかりか、を困らせるだけしかできないのに)掴む指に、行き場のない思いが滲んで自然と力が入ってしまう。放さなくてはいけないと頭ではわかっているというのに、体は伝令を受け付けずないで勝手に拒否して、思考回路はもう既にぐちゃぐちゃになっていた。(俺はどうしたらいいんだ、どう、したいんだ・・・?)




、俺は・・・・・・っ」










お前が、好きなんだよ


















「・・・・・・ソウル?」


どうしたの、とでも言いたそうなの瞳にはっとさせられる。ああ、わかってしまった。なんて俺は愚かだったんだろう。きっと、どうやってもその不安げな瞳は俺一人だけを映してはくれない。もう見つけてしまっていたのだ、その色を。皺になりそうなほど力強く握られたラブレターとともに、全てをぶつけるその矛先を。(・・・ああ、俺には、なにもできない、)



「・・・・・・・・・、なんでもねェよ。早く行って砕けて来いっ」


ばしんっ!との背中を叩いて冗談めかして言ってやる。涙が端から零れ落ちそうで、血が滲むほどに拳を握り締めて必死に我慢する。は痛いだのなんだのとぶーぶーと文句を垂らしながら、静かに前へと一歩、足を踏み出した。ソウル、ありがとう。振り返ったが優しい顔で俺に零して離れていった。・・・違う、本当はそんな言葉を聞きたいんじゃないんだ、俺は。(闇夜の中一人迷子になって出口なんて見当たらない)



Simple Simon

嗚呼、俺は上手く笑い返せているだろうか。(さよなら大好きな人)


[author: あんこ]