どれだけ旅をしても
 どれだけ美しい景色を見ても
 私の眸に映れば全て色褪せてしまう

Empty

 実の所、キッドには姉がいる。
 名前は。キッドとは違い、髪は漆黒の長髪。
 キッド曰く「なんと美しいシンメトリーなんだ!」とのこと。
 そのこともあり、キッドは姉のことを敬愛している。
 そんな彼女は、父と弟がいるデスシティに留まることはほとんどない。
 黒いフード付のマントに身を包み、ふらりと旅に出る。
 何のために、何が目的で、彼女が旅をしているのかは知らない。
 表向きは、見聞を広げるための旅、と彼女は言っているが真相は闇の中。
 きっと、彼女の心内を知るのは父親である死神様だけなのだろう。
 その彼女が今日、死武専へと帰ってきた。



 久しぶりにデスシティへ帰ってきたは、まず父に顔を見せようと死武専へやってきた。
 いつぶりだろうか。
 あとで弟にも顔を見せなければ…。
 などと思いながら廊下を歩いていると向こうから見知った人物が歩いてきた。
 あちらも自分に気付いたのか、少し驚いた表情を見せてから、自分のところで立ち止まってくれた。
「お久しぶりです、シュタイン博士」
「これは、。お久しぶりですね」
 慇懃に会釈をするに対し、彼――シュタインはいつも通りに、だがどことなく珍しそうに挨拶を返した。
 それもそうだろう。
 ここ数年、姿を見せなかった人物が普通に死武専の廊下を歩いていたのだから。
 とは言うものの、こういったコトは今に始まったことではない。
「いつ帰ってきたのですか?」
「つい先ほどです。これから父に会いに行こうと思っていたところです」
「そうですか」
 あまりに久しぶりなのでシュタインは当たり障りのない会話をする。
 も変わらず穏和に話す。
 彼女はいつもそうだ。心穏やかに話し、優しい手をしている。
 怒ることも恨むことも憎むこともない。
 ただ柔らかく…いや、儚く微笑むだけだ。
 まるでの心情を表すかのように彼女の微笑みはガラス細工のように儚く、脆い。
 そう感じるのはシュタインの思い違いではないだろう。
 彼女は昔、自分に言った。
『心が虚しい』と。
 その虚しさがどこから来るかもシュタインは知っていた。
 知っていたとしても、虚しいと呟き、ココではないどこかを見つめる彼女にかける言葉は見つからなかった。
 そんな自分がひどく腹立たしかった。
「今回はいつまでいるんですか?」
 違う。そんなことを聞きたいんじゃない。
「そうですね…しばらくはいると思います。弟が学校へ行き始めたと聞いたので様子も見たいですから」
 違う。そんな答えを聞きたいんじゃない。
 本当は、俺は――!
「? シュタイン博士? どうかしましたか?」
「ッ」
 不思議そうに問いかけるの言葉でシュタインはハッと我に返った。
 いけない。
 この気持ちを彼女に悟られてはならない。
「何でもありませんよ。それよりも死神様に会いに行くのでしょう?」
「あ、はい。そうでした。それでは失礼します、博士」
 そう言いながらは一礼するとゆっくりと去って行った。
 手を伸ばせば掴むことができる。
 言葉をかければ、きっと彼女は答えてくれるだろう。
 けれど、どれにしても自分の手では彼女の心はつかめず、自分の言葉では彼女を癒すことはできない。
 そうわかっているから、去ってゆく彼女の背を見つめるだけ。
「俺は旅立つ君をただ見送るしかできないんだ…



 そうして彼女は再び世界を旅するのだろう。
 その心に虚しさを抱いたまま、一人で――…

end.

[author: 翅水翔一 * bg: Sky Ruins]