私は知っている。
出会った時から、抱かれた時から、愛を囁かれた時から。
「This is the night of Hallowe'en
When all the wiches might be seen;.
Some of them black, some of them green,
Some of them like a turkey bean. 」
(今夜はハロウィーン
魔女に会える夜
黒い魔女 緑の魔女
トルコ豆のように赤い魔女 )
幼い頃祖母が教えてくれたマザー・グースを、我が子に軽いメロディに乗せて歌う。
父親と同じ色の髪をした、私を同じ色の目の子供は揺り籠の中で静かな寝息を立てている。
私は知っている。
ずっと昔から。
幼い息子の頬にキスをして、そっと、その愛しい小さな体にカーディガンをかけた。
今日は、これで十分なくらい、暖かな夜だ。
「寝たか?」
「ええ」
振り返らずに返事をした。
この子の父親に。
優しい彼に。愛しいその人に。
私の夫に。
後ろからゆっくりと抱きしめられた。
かすかに香るオイル匂い。彼はまた仕事をしてきたのだろう。
人当たりの良い彼は、人に好かれているから。
逆に言うならば、夜遅くまで仕事に付き合わされてしまう人だから。
「痩せたか?」
「かもね」
「あんまり無理すんなよ」
大きな手袋をはめていない彼の指は暖かだ。
背中に触れる胸板はたくましい。
私を抱きしめるその腕は私より太く硬く鋼のよう。
「あなたもね。無理をしてはだめよ」
「別にしてねぇよ」
間髪入れず言い返される。
私は彼に言いたいことがある。
けれど言ってはいけないと知っている。
「Roses are red,
Violets are blue.
Sugar is sweet,
So are you. 」
(薔薇は赤く、
菫は青い
砂糖は甘く、
あなたも素敵 )
ゆっくりと歌を紡ぐと、彼は耳を澄ませた。
もう一度、そっと呟く。
「Roses are red, So are you.」
「・・・Sugar is sweet, So are you. 」
答えるように歌われた。
彼の低い声にその詞は少し不似合いで、少し面白かった。
ねぇ、好きよ。
愛しているわ。
言いたいけれど言えない言葉。
言いたくないけれど言うべき言葉。
だって私は知っている。
(・・・My mother has killed me.
My father is eating me.
My brothers and sisters sit under the table.
Picking up my borns.
And they bury them under the cold marble stones.)
心の中でそっと紡ぐ。
(母が僕を殺した
父が僕を食べている
兄弟姉妹はテーブルの下に座り込み
僕の骨を拾っている
そして冷たい石のお墓に埋めに行く)
涙が出るの。
あなたが愛しくて。あなたが大好きで。
好きよ、好きで好きでたまらないくらい。
でも、私は知っている。
「ギリコ。ご飯は食べてきたの?」
「いや。お前の飯じゃなきゃマズくて食えねぇよ、」
「あら、ありがとう」
知ってしまった。その瞬間に。
あなたは私を見ていない。
あなたは私を愛していない。
あなたが見ているのは黒い魔女。
あなたが愛しているのは黒い蜘蛛。
愛しい息子をもう一度見る。
安らかな横顔が可愛らしい。
そして何よりも愛しい。
けれど、私は知っている。
この子の中には彼がいる。
私は知っている。
彼はもうすぐどこかに消えてしまう。
「ねぇギリコ」
「んぁ?」
欠伸を噛み殺して、ゆっくりと振り返る。
そのしぐさの全てを愛しいと思ってしまう。
涙目なのを気取られないように、微笑んだ。
「何、食べようか?」
「あるもんで別に構わねぇよ」
連れて行って。
消えてしまうんでしょう?
私とこの子を残して。
この子はあなたなのに。
もう少し時が経ったらあなたになるのに。
どうしてあなたが二人いちゃいけないの。
別にいいじゃないの。同じ記憶を持っていても。
あなたが二人いても。
あなたにとって私が母でも娘でも。
「ギリコ、好きよ」
「どうした?」
心配そうな顔で、私を覗き込むその瞳に私は一生映されることはない。
私は知っている。
出会った時から、抱かれた時から、愛を囁かれた時から。
Roses are red
Violets are blue.
Sugar is sweet,
So are you.
それぐらい、確かで確実で当たり前で。
真実でしかいてくれないことだから。
(知るしかなかったのよ)
[author: 竜田 * bg: Monochrome 86%]