ラ
「今日はどうしようか、三つ編みにする?それともツインテール・・・」
まるでおひめさまのようだった。
目をぎゅっと瞑って、俺に体をあずけている、そのおんなのこは毎日のように髪を結ってと俺にねだる。
人の髪を結うなんてしたこともなかったけど嫌いじゃないしその子の一部に触れることができると思ったらなぜだか心臓がありえない速さで稼働し始めた。
要するに、特別ことわる理由がなかった。
背中まで伸びた黒くてほのかにシャンプーの香りがするその髪をその子--------の持参した櫛で梳く。 すーっ、すーっ、と規則正しく梳くとながれるように髪が手を掠めた。相も変わらずは無言。
表情を伺ってみると痛い、とも気持ちいい、とも言わず安らかに目を瞑っていた。
もしかすれば、寝ているのかもしれない。いつもなら有り余るくらいの元気さで手足をばたばたしながら今日あった出来事なんかを事細かに語ってくれるところだ。
今のこの子はぴくりとも動かない、なのに穏やかで平穏な空気が俺達を纏っていた。ような気がした。
結局、今日はツインテールということに決めた。天気が晴れなような、気がしたからだ。
「ラプンツェルみたいだ」
「らぷ?なあにそれ」
「童話の中の髪の長い女の子だよ、みたいに」
ぼそりと頭の中をめぐっていたおんなのこの名前を呟いてみると(決して浮気なんかじゃなく)、はぱちりと目を開けて不思議そうな顔をした。
(やっと、目を開けてくれた)
昔----まだ俺が死武専生だったころ----図書館で偶然つかんだ本にのっていたはなし。ラプンツェル。 どんなに高く積み上げられた難しく複雑な本よりも、そのはなしが一番頭に残ったのをまだ覚えていた。ほんとに、偶然。
プ
「ほえー!わたしラプンチェル?」
「ラプンツェルね。でも、そのおひめさまは建物の二階から地面までつく長い髪だったんだ」
「すごいねえ、博士は、わたしがそのくらい髪長くなったらどうする?」
「ものすごく髪の長いも可愛いだろうけどね、今くらいが俺は好きだな」
「ほんと?じゃあがんばって伸ばさないようにする」
「伸びてもいいよ、そしたら俺が切ってあげる」
ラプンツェルはいくら愛するおうじさまだと言っても、髪を引っ張られて痛くなかったのだろうか。
いやでもこの話は恋だとか愛だとかそういう次元ではなくて、どちらかと言えば残酷なシリアスな、そんなはなしだったはず。
それだからあの頃の俺はこのはなしに魅入ったのだ、ああ可哀相、だなんて。
もちろん今目の前のこのおんなのこをそういう意味でラプンツェルみたいだなんて言っているつもりはない、髪が長いね素敵だねというただそれだけの理由で。
(でもこの子を他の男が見初めないように閉じ込めるっていうのも、いいかもな)
はうん!と嬉しそうに笑ったかと思うとベッドに座っていた両足をバタバタと躍らせた。
さっきまで綺麗な顔して大人しく目を瞑っていたのに、と思ったけれどやっぱりはこっちの方がいい。
子供で鈍くて感情をすぐ表に出せるような、そんな真っ直ぐな感じの。櫛を使って半分に分けた髪の片方を持ち上げる、綺麗なうなじが見えた。
「でもね、」
「うん?」
「ラプンツェルのもともとの由来は野菜の名前なんだよ」
「やさいー!?」
「そう、サラダに使うとすごく美味しい野菜」
「な、なんだってー!?」
先程まで童話の中の可愛いおひめさまみたい、と言われとても嬉しがっていた表情が複雑なものに変わる。
そりゃそうだ、君は野菜みたいだなんて言われて嬉しい女の子なんていない、はず。
は頭の中でどんな想像をしているのだろうか、ぱちぱちと瞬きがすごく多くなっている。
ミニトマトにでもされてフォークでぷすっと刺されているところでも想像しているみたいだ、顔がゲームでいうラスボスに出会ったときの恐怖と緊張感を思いっきり表している。
反応が逐一おもしろいものだから、この子は本当にあきない。
ン
「野菜でもいいと思うけどな、俺は」
「どうして?」
「が野菜になったら、俺がやさしく解剖してサラダにして食べてあげられるから」
「やーだー、たべられちゃうの?」
「そうそう、こんな風に、」
持っていた櫛を一旦ベッドに置いて、頭にハテナをふたつくらい並べてこちらを見ているおんなのこの肩に手をかけてこちらを向かせる。
いつも見れはするけれど触れることはないその華奢な肩はやっぱり強く握っては駄目なんだということを俺に教えた。御意。
その数瞬のなかで顔をちかづけくちびるを合わせて、すぐ離した。またもはぱちくりと目を瞬かす。おひめさまへのキスでございます。
はた、と一度時間が止まる。眼鏡が当たったのかな?と思ったのが束の間、ぎゅうと抱きつかれてしまった。
片方だけツインテールになってる髪が途中だ。いや、片方だけだとツインにならないのか。
「解剖はいやだけど、ちゅーはいいよ!」
「ええー」
もっともっと、と子供のように腕を首に回しておねだりをしてくるをやさしく抱きとめて、
今髪を結ってあげてる途中でしょ、と今まで通り俺に背を向ける形に落ち着かせた。
キスをねだられるのは嫌いじゃない。人の温もりを感じるということは以前はあまり好きじゃなかったけれど、
どうも恋をしてしまうと後が速い、ようである。 メスを持ったふりをして右手を左右に揺らしてぎーこぎーこしてみたら、は怯える様子もなく左手をびしっと上げて笑顔を華発させた。
「解剖も気持ちいいもんだよ」
「それは博士だけだとおもいまーす」
「はいその通りでーす」
窓の外はさきほどとは打って変わって灼熱した太陽が顔を見せていた。目が合う。あれ、もう昼?
すいすいと泳ぐ雲と絵の具をパレットにそのまま出したような空を仰いでおく。もう見れなくなる日も近いかもしれない。
季節は春となれども起伏のまったく無い風はその片鱗さえ見せることなく、自由勝手、好きままに吹いていた。
やっとこさ大人しくなったのもう片方のテールを結い終える。糸のようなか細い髪が太陽の眩さに反射して煌めいた。
今日が休日でよかった、と思っていたのも束の間のはなしで、が午後から学校に用があったらしい。
また明日ね、ありがとう、と言って帰って行った、べつに、いいけどさ。
ツェ
大声が耳を劈いて突き破ったのは次の日の午前、のことだった。 同時にドタバタといきせきかける足音が廊下を軋ませる。
そんなに急いでるのか、と椅子から立ち上がって扉まであくびのひとつでもしながら歩いて行こうとしたその瞬間にドアは開かれた。
はあはあと切れかけた息を必死で整える、けれども顔は笑顔満開。桜花爛漫。そのおんなのこはやはりだった。
ラプンツェルのような綺麗な髪をした、かわいくて歌が上手で、泣き虫な、そんな、おんなのこ。
「はかせ!博士は王子さまになって!」
「ん?なんだい急に」
「わたしを食べるんじゃなくて、王子さまになって会いにきて!」
「おやおや、誰に聞いたの?そんなこと」
「キッドくんと図書館で本を読んだの!」
「へえ」
すこし汗をかいて熱くなっている頬にキスをひとつ落とす。ちゅっ、とリップ音。そのままずるずると扉を閉める。
聞いた途端、あのはなしを読んだんだなとわかった。 でも問題は、キッドくんと、というところである。昨日の午後から用事があるというのはこのことだったのか。
もしかしたら本当にラプンツェルみたいに高い塔に閉じ込める日が来るかもしれない、この嫉妬深い男のせいで。冗談、だけど。
童話なんてものは結局は最後はハッピーエンドだ、ほとんどが。だから俺と君もそうなるだろうなんて根拠のない自信がある、科学者としては非科学的すぎて笑えるけれど。
要は、いつまでもいつまでもこのおひめさまの髪が結えれば、それで。
「じゃあまた髪を結わせてくれたら、王子様になって会いに行こうかな」
ル!
▽どうでしょうか・・・、今回は「どうせならどんどんお題に乗っていこう!」と思いまして、
いろいろラプンツェルについて調べまくりました。 読んでみればものすごく深いおはなしだったので、やりたいこと詰め込んだらこんなに長くなってしまって・・・!
文中にあえて表現はしなかったですが、博士はラプンツェルという童話にひとつくらい幼き頃の思い出があるといいんじゃないかと思います。
ヒロインの髪を結っているといつもフラッシュバックするような、どこか懐かしいような、そんなイメージです。
博士は「愛」を知らないからそれ故にいちど好きになると一直線というかそれしか見えなくなるところがあるんじゃないかなあと思うのです。
私の表現では分かり辛いところが多々あったと思います、おはなしの詳細が気になった方はぜひウィキなどで調べてみるとよいですよ。
ともあれこんな長い文章でしたが最後まで読んでくださった方、そして主催さま。
どうもありがとうございました!また機会がありましたらぜひ!(05/01.なつお)
[author: なつお]