深夜。アラクノフォビア欧州支部。
任務で疲れ果て、ソファーで寝ていた彼女、
が目を覚ましたのは、
部屋に自分以外の気配を感じたからであった。
こんな時間に一体誰だろう…
なんにしろ、こんな時間の無断の入室だし…
一発怒鳴ってやろうかな…
そう思いながら彼女は起き上がり、
気配がいるほうに目を向ける。
そして、
その人物を見た瞬間、
本気で驚いた。
「ミフネ…さん?」
月明かりに照らされて、
ソファーから少し離れた、窓扉のすぐ近くに立っている男の名前、
同じアラクノフォビアに雇われている用心棒仲間の名前を、
彼女は思わず呟いていた。
一方のミフネは何も言わない。
髪で隠れていて、その青い目がどこを見ているのかも、分からない。
「なんでここに…?」
彼が今はババ・ヤガーの城にいることを知っている彼女は、
それゆえに当然の疑問を投げかけた。
しかし、ミフネはそれでも何も言わない。
ただ…なんとなく、
本当になんとなくだが、
彼女はミフネが、
とても悲しんでいるように、
そう見えた。
根拠も何も無いが、そう見えた。
「ミフネさん…。」
「すまない、
…。」
「え…!?」
彼の突然の、謝罪の言葉に、
は訳も分からず困惑する。
ミフネはそんな彼女を、
鋭いながらも優しげな青い目で見つめながら、
窓扉のノブに、そっと力を入れた。
音も無く外側に開く扉。
そして夜風と共に、それは入ってきた。
「(花びら…?)」
宙を優雅に舞う、それを見て
は一瞬そう思う。
しかし、よく見てみると違った。
花びらのように見えるそれの色は、
花ではまずありえない、研ぎ澄まされた銀。
そう…喩えるなら鞘から抜き放たれた刃の色。
まるで彼の、ミフネの武器のような…
それらに包まれるようにして立つ彼は、
そのまま窓扉の外へと、ゆっくり歩き始めた。
「!!待ってください、ミフネさん!!待って!!」
届かないと分かりながらも、
は彼の背中に向けて手を伸ばした。
嫌な予感から。
彼が、誰の手にも届かぬところへ行ってしまう。
もう二度と…会えなくなってしまう。
そんな、予感から。
ミフネはそんな彼女を、振り返り、
ゆっくりと、その言葉を紡いだ。
「今まで、本当に世話になった。」
その唇の動きを見て、
その声を聞いて、
そして
の視界は真っ暗になった。
ハッとなって目を開けてみるとそこにはミフネの姿などなかった。
の視界に写ったのは、天井へと伸ばした彼女自身の手。それだけ。
上体を起こして辺りを見回してみるが、
部屋は自分が帰ってきた時となにも変わらない。
窓扉もしっかりと閉まったままだし、
花びらのようなものもない。
そして何より…ミフネがいない。
「夢…だったのかな…?」
汗ですっかり濡れた髪の毛をかき上げながら、呟く。
だとしたらなんて馬鹿なんだ自分は、と思う。
彼の不器用な優しさを、
彼の剣神と呼ばれるほどの強さを、
同じ用心棒として共に戦ったことのある自分は良く知っている筈なのに、
あんな悪趣味な夢を見るなんて…
ふふ、と自嘲の意味を込めて、
は笑った。
そして、ちゃんとベッドで寝ようと立ち上がった時、
ズボンのポケットの中で、カサと何かが動いたのを感じた。
なんだろう?と彼女は思う。
ポケットに何かを入れた覚えなどなかったから。
そして、ポケットに手を入れ、それを取り出した。
月明かりで手のひらのそれを見た時、
「え…?」
時が、止まったような気がした。
そして足に力が入らなくなり、彼女はそのまま床にストン、と座り込む。
しかし、彼女はそれにすら気付いていない様子で、
手のひらのそれを見つめる。
「ミフネ…さん…?まさか…そんな…。」
口から出てくるのは否定の言葉。
しかし、心に抱いたのは、確信。
手が、
肩が、
小刻みに震えだす。
そして、目からは暖かくも冷たいものが、
ぽたぽたと、服の上に落ちてしみを作る。
必死で止めようとするけれど、
止まってくれない。
「……どうして…どうして!!」
まるで栓を切ったかのように、
は手のひらのそれ、こんぶ味の飴を握り締めて、
一人、声を上げて泣いた。
それと同時刻。あるいは少し前。
ババ・ヤガーの城にて。
用心棒ミフネは死武専生、ブラック☆スターに倒され、死亡した。
散り際に彼が呟いた名前は、
彼が命をかけて守ってきた小さな魔女と、
彼の同業者の、
女用心棒の名前だったらしい…。
Over the night
(伝えたかった言ノ葉)